つづき

隅田川のシテは平成11年3月21日父の7回忌追善第12回檀の会で勤めました。その時の子方は崇俊でした。7歳です。なかなか自分の子供を子方にして、隅田川を勤めるということは年齢的に難しいのですが(それだけ難しいということです)父の追善ということで、許されたのだと思い、感謝しております。来年1月の檀の会はこの隅田川を再演させていただきます。独立25周年の年で、また家内の7回忌の年ということもあり、この曲を選びました。もう一番は張良という曲を勤めます。このことに関してはまた後日触れさせていただきます。今度の子方は師匠のお孫さんの武田章志さんです。多分前回の崇俊と同じ年だと思います。是非ご高覧賜りたく存じます。先日の稽古能で師匠に見ていただきました。まだ時間がありますので、しっかり稽古して臨みたいと思っています。さて昨日は午後から時間が空いたので、先日新橋のお稽古場で、畠山記念館のチケットをいただいたので、行ってきました。白金台の駅からすぐでした。広い庭園の中に(写真)佇んでいる建物で、なかなか落ち着いた雰囲気でした。茶器などをゆっくり堪能しました。樹齢200年の赤松は素晴らしかったです。(写真)そのあと隅田川に使う造花の笹を見に、四谷の東京堂に行ったのですが休みで、仕方がないので、新宿歴史博物館に行きました。新宿の歴史がよく分かりなかなか面白かったですよ。そこにありました都電(写真)の写真を撮りました。昔観世会館(観世能楽堂の前身)が大曲(飯田橋近く)にあり、高田馬場から都電に乗って行ったことが思い出されます。私が乗っていたのは黄色でした。昔の不便さが懐かしく思われます。今日明日と師匠の虫干しです。もうお盆ですね。秋が近いです。

 

 

つづき” に対して5件のコメントがあります。

  1. T・W より:

    歴史を学んでいる者です。東京オリンピック(芸術展示)について調べているのですが、観世会館についてどうしても分からないことがあったのでこの場を借りて質問させていただきたいのですがよろしいでしょうか。

    それは、どの辺りにあったのか、ということです。現在の住所もしくは建物名で教えていただけると助かります。

    突然の訪問、コメントにて失礼しました。
    かさねがさね申し訳ございませんが、もし宜しければ私の質問に答えていただければ光栄です。

    それでは、失礼します。

    1. 千俊 より:

      前の観世会館は大曲、現在の新小川町にありました。確か明治24年から昭和47年まで、観世流の拠点として存在しておりました。お答えになっておりますでしょうか。松木千俊

      1. T・W より:

        ありがとうございます。

        具体的に今のどのあたりか存じてはおりませんか?

        1. 千俊 より:

          飯田橋から高速に沿って早稲田方面に行くと大曲(おおまがり)という信号があります。観世会館はその信号の(飯田橋を背にして)左側にありました。千代田線が地下を通るということで、今の松涛に移転しました。

          1. T・W より:

            ありがとうございます。
            お手数をおかけして申し訳ございませんでした。

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